第六章 拳道学

 本章では、第一章から第五章までを踏まえ、次世代の武術文化、さらには武術を超え、次世代のあるべき文化として創造された拳道学を紹介します。ここでは、拳道学がどのような考えに基づいて創られているかを、その理論と技術の概要を紹介しながら説明します。技術に関しては、本では多くの写真を用いて、多くのページを割いて説明しておりますが、このページでは量の関係で基本的な考え方のみにします。

要約 [180ページ〜243ページ]

大要と進路

 現代社会においても古い文化の影響は大きく、様々な問題を起こしている。これを解決するには文化の基盤を学問におく必要がある。毒である武も学問を基盤にすることで、和の文化にすることができる。心の面は心理学・倫理学へ、肉体面は体育学・医学へ、社会面は社会学・教育学・民俗学・政治学・経済学・法学・歴史学へ、そしてこれら学問を横断して、拳・空手を科学的・総合的に見直し、改良と付加を行う。拳道学の主旨は、心・技・体・学による創造未来である。世界的・人類的視野を持ち、理想の社会に向けて文化をつくり、人々を導くことである。拳道学では、このような文化を通して、未来に必要な人材の養成を目標にする。これは、自分を知り、自分に克ち、社会に何をすべきか、どうあるべきかを探し行動できる人物である。心・技・体は、武道で言う個人的なものではなく、人類的見地からのものであり、これらの基礎は学問である。

 物事に対処する場合、最初に「人として如何にあるべきか」を考えることが肝要である。故に、権力・金力・競争に左右されない倫理観と知識を持ち、真に強く品格のある人間をつくることである。現代社会の行き過ぎた競争はこれに逆行しており、改める必要がある。特に、スポーツ指導者の多くは、乱暴な言葉を使い、競争を煽っている。これらの青少年への悪影響を考えるべきである。平和のためには、自分と共に他人を大切にすることである。勝つことを重視しすぎると、人間不信を招く。結果として社会全体が無益な過当競争に追い込まれている。この代表的な例がオリンピックである。古来から識者が言うように、本当に必要なことは自分に打ち克つことである。物事を成し遂げるには、苦しみや障害に当たる。これを研究と努力で乗り越えるべきである。一応のレベルに達した者が、自分の技に工夫を加え、自分だけの境地を開いていく創造の楽しみがあるから乗り越えることができ、物事を進歩させることができる。拳道学では、楽しい練習により、運動と学習・思考を平行して行ない、脳を活発に働かせ、健康な心身・和の精神の体験を通して、創造性豊かな人間をつくる。

 拳道学では、琉球で伝承されてきた空手の技・型等を歴史を知る手掛かりとして変更を加えずに保存する。これらを保存した上で、論の付加と改良を行っている。空手は、技としては空想的で、試合が禁止されていたために、技が不完全である。論としての哲学・技としての兵法がない。故に、理論を形成し付加する。個々の技の基本的思考は、速さ・強さ・目標にある。空手の技は、以上の3点ともに誤っている。この考えをもとに、防具を発明し、長年試合という実験を通して、古い技を一技一技試すことで、兵法・倫理・保健面から実証し論に及ぶ。使用個所・立ち方・構え方・攻め技・投げ技・受け技・連続動作・一本組み手・護身術・秘技に論を付加し、一技一技に改良と技の付加を行った。さらに、倒れ・倒れた場合の攻防・転身法・試合の技術を新たに付加している。試合は、拳道学独自の創造的競技である。これは人間性・技術を育て、合理的な体験を通して、思考力を働かせ研究するもので、勝敗に囚われない独特の競技方法である。試合は安全を確保した上で行わなければならない。拳道学では、完全防具を使用した防具試合で行う。

 健康な人とは、肉体的・精神的・社会的に良い状態の人を指す。健康は人間生活の全ての面が関係する。暴飲暴食・不摂生・ストレス・過労などは健康・老化・寿命に悪影響を及ぼす。激しい運動は酸素の過剰摂取のための活性酸素の影響で老化・寿命に悪い影響を与える。健康を維持するには、適度で合理的な運動・栄養・常に頭脳を正しく働かせることが必要である。運動には疲労を伴なうが、この限界は練習の積み重ねで高めていくことができる。しかし、これを誤ると疲労が蓄積し、過労につながるので注意が必要である。実際、競争主義・指導者の知識不足に因るスポーツ障害はたいへん多い。拳道学では保健面も重視して指導するため、各個人が自分に合うように運動することができる。

 未来を切り拓く人間を育成するには、学問による反省・思考力・創造力が大切であり、個性豊かな発想の柔軟な人間を育成することである。そのためには、各人の創造力を伸ばせる教育環境が必要であり、ここには真の指導者が必要である。真の指導者とは、専門的知識を持つだけでなく、自らも向上し、人間味をたたえた柔軟な理解力と鋭い眼力、広い視野を持つ教育者で、思索していく人に夢を与え、道標となり得る人間である。指導には基本がある。その上で、各個人の能力・生活環境・興味・学力・性格等に合わせて、自ら学ぶように適切な指示を与えることである。学ぶ側にも基本がある。良き師・友を選ぶこと、勝手な解釈をしないように自ら考え学ぶこと、表面だけでなく、裏面や将来の事も考えること、よく勉強すること、批判的精神を持って考えること、などである。このようにして拳道学を学んだ上で、師や友と協力して研究し、自らの考えを実現するための計画を立て、責任をもって実行に移さなければならない。